真夏の怪談【殺すつもりじゃなかったのに…ゴキブリの亡骸の恐怖!】

蝉の声が耳をつんざくほどにうるさい。

あの時もちょうどこんな季節だったな…もう20年近くも前のことだろうか…。

今でも時折思い出す、私を恐怖のどん底に突き落としたあの出来事を。

それはなんてことの無いごく普通の日、平凡な日常から始まった。

…ただ家族のちょっとした配慮の欠如からあんな悲惨な事件が起こるなんて…思いもよらなかった…。

 

その日私はいつもより遅い時間に起床した。
キッチンへ降りていくと皆は食事を済ませたあとでもう誰もおらず、各々が仕事や私用へと外出したあとだった。

私は薄暗いキッチンの中、食パンを焼こうと電子レンジのほうへと向かって行った。

…電子レンジの扉が開いている。

これは別に珍しいことではない。
母親は当時、こもった熱で結露ができるのを理由に使用後の電子レンジの扉を開け放しておくことを習慣づけていた。
理屈としては理解できるのだが、熱が逃げたあともそのままの状態で忘れて放置されいることも度々だった。
あまり開けっ放しにしておくと埃が入るかもしれないので苦言を呈したこともあるのだが、母親は「理屈はともかくマイルール強制ウーマン」だったので聞く耳を持たず、結局その後も日常的に電子レンジの扉が開いているという状態が続いたのだった。

そしてこの日も例外ではなかった。

「これじゃあ一日中開けっ放しだよ…」
うんざり思いながら食パンを電子レンジの中に入れて扉を閉める。

「この電子レンジルールには困ったもんだ…」
などと思いながら、食パンが焼けるまでの間をぼんやりと待つ。

加熱終了を知らせる電子音が鳴り、私は腰を上げて焼けた食パンを取り出すために電子レンジの扉を開けた。

トーストを取り出すといつも通りの焼け具合。

特に何か気になることがあったわけではないのに、しかし私の視線はなぜか電子レンジの中の奥の一角へと吸い寄せられた。

何かある。

…何だろう?
なにか炭の塊のようなものが…

最近電子レンジの掃除をしていなかったのか。
皿からこぼれた食材がそのまま放置されて焦げてしまったのか?

もっとよく見ようと電子レンジの入り口へと顔を近づける。

「………!!!!!!!」

照明を点けていない薄暗い部屋の中ではよく見えなかったのだが、近くで目を凝らしてみてようやくそれが何なのかが理解できた。

 

それは…こんがりトーストされたゴキブリの死骸だったのだ…

 

私は悲鳴を上げる余裕も無く、脊髄反射の勢いで電子レンジの扉を閉めた。

そして呆然と立ち尽くし、瞬きをすることさえ忘れていた。

一瞬しか見なかったのにも関わらず、先ほどの無残な死体の姿が脳裏に鮮明によみがえってくる。

吐き気を覚えた…

恐怖で震える手で焼けた食パンを指でつまみゴミ箱へと捨て、そのあとは無我夢中で手を洗った。

 

その後のことはよく覚えていない。

なんとか気分が落ち着いた後もその日は何をするにも手がつかず、他の家族が帰宅し始めてからようやくほっとすることができたのだった。

 

…その後あの電子レンジはどうなったのか?

次の日にキッチンを覗いてみると、母親がパタパタと動き回り料理の傍ら電子レンジの扉を開け閉めしている。

…?あれは夢だったのか…?
いや、できれば夢であってほしい。
そうであればどんなにいいか。

しかし次に母親が電子レンジの扉を開けた時に離れた場所からこっそりと中の様子を注視すると、

綺麗に掃除されている。

今までに無くピカピカに掃除されている。

…そうか…そうか…
やっぱり…夢じゃなかったのか…。

そして母親よ…
それでもその電子レンジ使うのか… そうか使うのか… やっぱり使うのか…。

 

それからというもの、家族の誰かが使用後の電子レンジの扉をすぐに閉めても、母親は何も言わなくなった。
本当に以前の習慣など何も無かったかのように。

私はあの事件について家族の誰にも何も言わなかった。
真実を知っているのは恐らく、私と母親の2人だけ…。

しかしあの一件について、私は母親を恨んだ。
そもそも電子レンジの扉を開け放すなんてことをしたから、ゴキブリが入り込んであんなことになったんじゃないのか?
だから閉めておいたほうがいいと言ったのに…!
普段閉めておけば私はあんな凄惨な状況を見ずにすんだのだ…。

 

…しかしそのような恐怖体験と引き換えにしても、私には得たものがある。

それは、世間では何をやっても死なないイメージを持つ害虫の彼らだが、

ゴキブリもレンチンしたら死ぬ。

っていう知識。

 

いや~…

何の役にも立たねえ…