「美人は金がかかるので嫌だ」と言う男性の本音とは何なのか…?

「美人は金がかかりそうだから嫌だ」
といった男性の主張はちらほらと耳にする。

デートの際には美人に見合ったお店へ連れて行かなければならないし、プレゼントなどのハードルも高くなるので、もしも付き合うとなると何かと高くつくので身が持たない、という意味らしい。

しかし「美人は金がかかるので嫌だ」という言葉を単純に裏返すと、「ブスには金をかけなくてもよい」という意味になるので、こいつらすげえ発言してるな…とじわじわと感心してしまう。

「ブスには金をかけなくてもよい」は言い過ぎかもしれないが、もう少し柔らかい言い方をすれば、「ブスなら金をかけずに済む」ということなのか、はたまた「美人は金がかかるので選べない」と言う意味なのか…

美人の基準がどれほどのものかは分からないが、幸か不幸か自分の周囲には美人な人がわりと多い。
しかしそんな美人たちを見ていて思うことだが、美人とはそれほどまでに特別に金品を貢がなければ手に入らないものなのだろうか?ということである。

あくまでも自身の周囲に限ったことに言うと、美人だからといって特にブランド物にこだわる人もいないし、デートの時も割り勘が主流、といった人も珍しくない。
お相手の男性に関しても、特にハイスペックというわけでも外見がずば抜けて素晴らしいわけでもない。

なので「美人には金がかかる」とは果たして本当のことなのか?と疑問に思うし、そのような主張をする男性達は、もしかすると今まで何か勘違いをしてプロの女性に貢いでいただけなのでは…とすら思えてくる。

そもそも美人の皆がみんな「お金をかけてもらう」ことを求めているわけではない。
男性にお金をかけてほしいと思っている女性など美人に限らずそこかしこに存在しているし、男性にお金をかけてもらうことが女としてのステータスだと思っている女性も珍しくはない。
お金をかけてもらいたい女性がたまたま美人なのか不美人なのかって話なだけだ。

そのあたりを理解していないで恋愛の戦略を立てると失敗しそうだし、なまじ金をかけてほしい不美人とそうとは知らずに結婚をしてしまった暁には、その先にどのような人生ドラマが待っているのか…
想像をするだけで第三者はわくわくしてしまう。

 

個人的な好みはさて置いて、世間一般の価値基準である「美人」・「不美人」にやたらとこだわる人というのは、何かしらのコンプレックスを抱えている場合が多いのではないだろうか。
「美人はお金がかかりそう」「一緒にいて落ち着かない」などのコメントからは、彼らの中にある経済面や外見面でのコンプレックスがうかがえる。

「外見の大人しそうな美人には変な男が寄ってきやすい」という話があるが、その事例についても、男性側の「華やかな美人に言い寄る勇気はないが、しかし自分は美人と釣り合うべき人間なのだ」というコンプレックスと自尊心をこじらせた結果の行動なのではないだろうか。

男性の中には「美人は性格が悪い!」と言う人もいるが、男女の性質や思考構造の違いなどの点から言ってしまえば、男からすれば女なんてものはみんな性格が悪い生き物なんだから、最初から自分がいいと思った女性を好きになっておけばいいのだ。

「イケメン」であろうがなかろうが、モテる男性というのはだいたい自分の気持ちに素直に行動を取っている。
いくら外見がよくても、一緒にいてつまらない男性は女性からの人気は低い。

外見にしろ内面にしろ、人気のある女性を手に入れている男性はたいてい「○○さんかわいい、タイプ、好き好き~」って感じに素直に好意をアピールしに行っている。
そしてその結果上手くいっていることが多いし、結婚した後も順調な生活を送っている。

あんまり卑屈に考えたり、回りくどく計算し過ぎたところで、恋愛といえども結局は人と人との関係、上手くいくとは限らないようだ。

そもそも「顔は好みじゃないけど、でもそこも含めて好き」と「顔が好みじゃないけど、そこは妥協して受け入れる」とは似て非なるものだ。
選んだ理由は「金がかからなさそうなところもいい」なのか「金がかからなさそうだからまあいいか」なのか。

不満な気持ちを誤魔化しつつどこかで妥協して結婚をしたとしても、その引っ掛かりがいつの日か、日常の些細な不満の積み重ねの上で起爆剤にもなりかねない。
本音を上手く誤魔化せているつもりでも、女性はそういった感情の機微には長けているので、もしかすると男性の考えていることなどお見通しなのかもしれない。

上から目線で「不美人だから安心」などと言って結婚をした結果、不仲になった挙句に上手いこと尻に引かれてしまうようなことにはならないといいのだが。