どこにでもいる「自分だけが得をしたい」という人たち

人と関わって生活をしていると、「自分だけ得したい人」っていうのがどこにでも一定数存在しているということが分かる。

自分だけが他の人よりも得をしていたい」とか、更には「他人が得をすることは自分にとっては損だ」と考えている人たち。

職場にもやはりそのような人たちは居て、彼らは周囲の人間に対しては自分への気遣いや手助け・仕事の知識などを与えてくれることを求める一方で、自分が他人のために何かを与えるようなことは一切しようとはしない。

こちらとしては、自分の不利益にならなければ拒む理由もないし、みんなが楽になれば結果として自分も楽になると思うので乞われるがままに応じていたのだが、しかし「自分だけが得したい人」というのは、それとはまた別の思考を持っているらしい。

仕事のやり方を聞いても「知らない」とか「自分で考えて」とか冷たい返事を返し、あまつさえその方法を見られないようにと、わざとこっそり作業をしたりする。
余裕のありそうな時に手伝いを頼んでも「自分のほうが大変!」(そんなことない)とか、「なんで自分だけ?!」(あなたが一番暇そうだから)といった趣旨の返事が返ってくるのだ。

自分の持っている時間や情報を人に与えることが、まるで自分にとって損だと言わんばかりの反応だ。
さすがに「もらった分だけは返す」ぐらいのことはできないのか?、と思うのだが、どうもそのようなことすらしたくないようだ。

彼らの中にあるのは、「与えること=損」、「与えること=自分の幸福度が減ること」、「他人の幸福度が上がること=自分にとっての損」みたいな法則だ。

誰かにとってのプラスが自分にとってのマイナスになるわけではないのに、自分が人に与えることはおろか、他人が何かを得ることすら許せないわけなのだ。

そんなふうに何でも損得勘定だけで行動の基準を決めていたら疲れないのか?と思うのだが、そんな疑問に反して彼らの多くは他の人よりもエネルギーに満ち溢れているのだからとても不思議だ。

 

女どうしだと、時には「自分だけ得したい人」から「太らないコツって何ですか?」とかいうクソ面倒くさい質問をされることもある。
そこで真剣に「野菜を食べる、水を飲む、ストレッチして血行を良くする」などと律儀な返答を返しても、
「はあ!?お前昼飯めちゃくちゃ食ってんじゃん!実はもっと楽な方法があるんでしょ!?教えてくれたっていいじゃん!ケチケチケチケチ!!!」(意訳)
みたいな反応が返ってきたりする。

お前の頭ん中どないなっとんねん?
と呆れる反面、なんだか自分の生命力を削がれるていくような感覚になるので、正直関わるのさえ嫌になってくる。

自分よりも何か優れたものを持っている人たちは、きっと楽な手段を使っているに違いない
という発想らしいのだが、人から見てすごいと思われる人たちというのは、単に努力量が違うだけだったりすることは多い。
しかし「自分だけが得をしたい人」にはそれがどうしても理解できないのだ。

「仕事のスキルだとか生活習慣だとか、そういうのは何でも地道な努力。文句を言ってる間に動いたほうがいい。
と言ってしまいたいところだが、言ったところで彼らには何も届かないのだろう。

自分だけ得したい人」と「妬む人」って被るところがあるけれど、そういう人たちってだいたい自分で努力をしない人が多い。
中には人からかすめ取ったり、蹴落としたり、そういったことで人よりも優位に立つことが「努力」だと勘違いしている人もいる。

 

情けは人のためならず」って言葉があるように、誰かのために何かをすれば、それはやがて自分にも返ってきて結果的には自分も得をすることになると思うのだが、「自分だけ得したい人」たちの頭の中にはそのような発想がない。

思いやりなどの感情論を抜きにして、理屈だけで考えても理解ができないのか?と不思議になるのだが、しかしそもそも彼らの中には「人に与える」という選択肢がないのだから理解などできるわけがないのだ。

…ところで最近になって「情けは人のためならず」が正しいのであれば、「自分だけ得したい人」に与えたところで返ってはこないので、その理屈は彼らに関しては正しくないのでは…?ということに思い当ってしまった。

というわけで近頃では「自分だけ得したい人」に何かを頼まれたとしても、もう馬鹿馬鹿しくて、彼らと同じように「私にも分かんないです~」などと返すようになってしまった。

そして「自分の行動が原因で、そうやって孤独な老人に向かって歩いて行くのですよ…」という皮肉な視線すら送ってしまうのだった。

社会の波に揉まれて生きているうちに、すっかり汚れちまったよ…