もしも退職や転職を引き止められたら…【人生には無駄な時間なんてある】

誰でも人生における分岐点は何度か経験するものだ。
もちろん仕事においても同様である。

アルバイトにしろ就職にしろ、今働いているその会社を辞めたいと思ったことが誰にでも1度はあるのではないだろうか。

しかし何かしらの理由で就業先に対して退職の意思を申し出た際に、職場の上司などから引きとめられた経験がある人も多いだろう。
その時の状況や引き止められ方は様々だと思うが、もしも自分が引き止めにあった時には、一体どうするべきなのか?

もしかしたら退職を思い留まる人もいるかもしれないが、しかしそれは果たして「自分のため」なのか「会社・上司のため」なのか?

もしも今、退職や転職について悩んでいる人がいるのなら、どうか心してほしい。

「人生には無駄な時間も存在してしまう」ということを。

 

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辞めるべきか辞めざるべきか?

もしも今退職や転職を考えているのなら、自分はなぜ辞めたいと思っているのか、一度自分自身の気持ちや考えを整理して分析してみてほしい。

仕事に興味が持てない

職場の雰囲気に馴染めない

自由な時間がない

上司と相性が悪い

…など。

もしも「仕事」そのものに対して意欲がなくなっているのなら、転職をしたところで根本的な解決にはならないだろう。
辞めたい理由の根底にあるのが「働きたくない」という気持ちであるのならば、退職はただの現実逃避に終わる可能性も高い。

また、仕事そのものに不満があるわけではないが、パワハラやセクハラを受けている・待遇が悪い、など職場環境に問題がある場合には、一度会社側に労働条件の改善や担当部署の変更などの打診をしてみてはどうだろうか。
問題の解決の可能性が少しでもあるのならば、黙って辞めるのは良策ではないだろう。

しかし、

長時間労働や休日出勤が多くてつらい

違法労働など、法令遵守がされていない

会社の将来に限界を感じる

他の業種へ転向したい

など、今の会社を離れたい明確な理由があるのなら、退職や転職を積極的に考えてもいいのではないだろうか。

もしも長時間労働や危険な業務の末に体を壊しでもしたら、退職や転職以前にそもそも働くことすらできなくなってしまうかもしれない。
また、スキルアップや他業種への転職を考えている場合は、思い留まっていても目標にはたどり着けないので、退職については早めに具体的な計画を立てておくのがよいだろう。

過重労働の末に体を壊してしまった自身の体験

私がかつて働いていたとある会社は、就職当時から先細りな業界であった。
労働条件が悪く、新人が居つかずに退職者が後を絶たない。

私自身も周囲の人間と思うことは同じで、会社の将来性に不安を感じ給与面でも苦しかったので、異業種への転向も考えて上司に退職の打診を何度かしてみていた。

しかし返ってくる返事はいつも決まって同じ。

もう少し待って!なんとか改善するから!

世の中には口先だけでこのような事を言う上司も少なくないだろう。
しかし当時の私の上司は、スタッフの労働環境に対して本当に心を砕いていてくれていたし、会社側に昇給の掛け合いもしてくれた。
しかし会社のトップが現場の状況を理解していなかったのだ。

上司との関係は良好だったので、その時の私は上司を気の毒に思う気持ちと周りの同僚たちへの配慮の気持ちだけで何とか仕事に耐えていた。
本当に耐えているだけの状態だった。

しかしその後も退職者は増え続け、人手不足のために労働環境はますますと悪化していく…

「みんな大変だから…自分が辞めたらますます大変になるから…」
そう思って1日1日を耐えていたが、しかし相変わらず状況は改善されずに、ただいたずらに月日を重ねる毎日…
そしてそれを横目に、退職していった人たちは転職先でどんどんとスキルアップをしていく…

そうするうちに精神的にも肉体的にもいよいよ限界が近づいていき、最終的に私は半ば強引に退職届を提出して辞める形となった。

かつて最初はスキルアップを目的に退職を切り出していたのに、辞めた時の自分は実質、過労の末に体を壊して退職をしてしまったような状態だった。

人生に無駄な時間なんてある

退職後、晴れて転職が叶ったのかというと、そうスムーズに事は運ばなかった。
なぜなら前職での仕事の疲労がたたって、退職後に間もなく、過労に起因するストレス性の病気を発症してしまったからだ。

部屋のベッドで横たわりながら、一体自分は何をしているんだろう…という虚しさで溢れた。
自分はなぜ頑張っていたんだろう、何のために頑張っていたんだろう…とわけが分からなくなった。

会社が大変だから、現場が大変だから、同僚や上司が大変だから…
そうだったのだけれど…

 

当たり前のことだけれど、我慢して職場に止まったところで過ぎた時間は決して元には戻らないし、壊れた体や心は自分自身で治すしかないのだ。
会社側は何もしてくれないのだ。

 

…なぜ退職しようとするときに会社や上司が引き止めるのかというと、それはまず彼ら自身が困るからだ。
現場の状況の悪化、部下を引き止められなかったことに対する周囲からの叱責…
そういった理由も含めた上で退職を引き止めてくるのだ。

世の中の上司が全て「自分のことしか考えていない」などと言う気はないが、しかし大抵の人というのは「まず自分のことを最優先に考えている」ものだ。
当たり前と言えば当たり前のことなのだが、しかし、こと社会の中で働いているとなぜか当然のように見失ってしまうことでもある。

 

私は結局その後、復職するまでに1年ほどの期間を費やした。
退職を我慢し続けた時間、病気を治していた時間、随分と自分の人生を棒に振ってしまったな…と思う。

良かれと思い、頑張って働いた末に体を壊してしまった自分自身が情けなかった。
しかしそれ以上に、「もしもあの時にもっと早く会社を辞めていたら…もっと早く新しい1歩を踏み出せていたら…そうしていれば、今とは違う未来があったのではないか…」という後悔の気持ちのほうが大きかった。
…そしてその後悔はいまだに自分の中にしこりを残している。

 

「人生に無駄なことなんて1つもない」
という言葉があるが、果たして本当にそうなのだろうか?

私が経験した、前に進めなかった時間、傷付いた時間、後悔した時間…
それらが本当に有意義な時間と言えるのだろうか?

確かに失敗した経験から学ぶことも多いけれど、しかし人生を狂わす失敗なんてものは、しないほうがいいに決まっている。

例えもしも失敗した時にどうするべきかなのかは、「無駄なことなどない」と過去の失敗も含めた全てを肯定することではなく、無駄になった過去から何を学ぶのか、ではないのだろうか。

「人生に無駄な時間なんてない」といった類の言葉は、ブラック企業もよく使う言葉なので安易に惑わされないでほしい。
あまりにも真面目に生きて働いていると、時には身を滅ぼすことになる。

決して後先を考えずに今の仕事を辞めてしまえといっているのではない。
一度自分の気持ちや自身を取り巻く環境を客観的に見つめ直し、そして「自分は今何がしたいのか、どうするべきなのか」を冷静になって考え、その上で判断を下すことが大事だということだ。